救急のたらい回しの実情について【医療事務員が解説】

救急のたらい回し 医療現場

一時期、社会問題となっていた「救急たらい回し」。

救急患者さんが救急車を呼んだあと、どの病院でもなかなか診療してもらうことができずに重症化もしくは亡くなってしまったケースが複数ありましたが、最近でも感染症の関係から増加傾向にあります。

実際のところ、「救急のたらい回し」はどのようなもので、なぜ起こってしまうのでしょうか。

この記事では、医療事務員である筆者が救急医療の現場で経験した、「救急のたらい回し」について解説し、現場のリアルな実態を書き記していきます。

少しでも多くの方が救急医療の現場を理解し、病院の受診や救急車の適正利用にご協力いただけましたら幸いです。

1.救急搬送の流れ

はじめに救急搬送の流れについて説明します。

下の図をご覧ください。

119番 流れ

  1. 症状がでる
  2. 救急車を呼ぶ
  3. 救急車が到着し車内に収容される
  4. 救急車内で患者を診療できる病院を電話で当たっていく
  5. 電話を受けた病院が診療可能なら受け入れる
  6. 救急車が病院に到着し診療が開始される

このように、まず患者に症状が発生すると119番で救急車を呼びます。

患者の元に到着した救急隊は患者を救急車の中に収容してから、患者を受け入れてくれる病院を探します。

救急隊から病院へ電話をかけ、病院が患者を診療できる状況であれば、受け入れ可能となり、救急隊が患者を病院まで搬送します。

救急隊が病院に到着したら、病院側に患者を引き渡して終了です。

そこから病院は患者の診療を開始するのです。

以上の流れの中で、「救急のたらい回し」とはどの段階で発生するのでしょうか。

 

2.救急のたらい回しとは

救急のたらい回しとは?
病院の「受入不能」や「受入困難」を言い換えた表現であり、救急搬送の依頼を受けた救急隊が、医療機関に受入要請をし「受入の人員や物資が足りない」等の理由によって受入を断られ、医療を受けることができない状況のことを指す。

※患者さん自身は救急車の中で待機しているため、「たらい回し」という言葉のイメージのように患者さん自身が物理的にいろいろな病院を転々と回されるわけではありません。

つまり、上の図に照らし合わせると、「救急のたらい回し」とは、4と5の間で発生するのです。

の段階で、救急隊が患者さんから症状を聞き取ったり容態をみたりした情報を、搬送先から近い病院やその患者さんの症状の対応に得意な病院にあたりをつけて電話をかけ、診療の依頼をかけていきます。

そしての段階で、連絡を受けた病院の医師が診療可能かどうかを考え、受け入れるか受け入れないを判断します。

ですが、下の図をご覧ください。

救急搬送 たらい回し

このように、病院側は様々な事情で患者さんの診療を断ります。

119番で救急要請を受け、その患者さんを救急隊が診療してくれる病院を探すも、どこも診療してくれない、この状態を「救急のたらい回し」と呼ぶのです。

 

3.患者の診療を断る理由

3-1.怠慢

怠慢、つまりサボりたい、受け入れが面倒だから と言う理由で救急患者の受け入れを断るケースは・・・残念ながらあります

たとえば夜中の当直で、疲れて仮眠をとっているところに救急隊からの搬送依頼の電話がなったとて、

「うーん、ちょっとむずかしいですね・・」

と言えば救急隊は引き下がってくれます。

当直を担当する医師は、病院によって様々でしょうが、

  • その病院の常勤医師
  • ただバイトで入っているだけの別の病院の医師

おおまかにこの二つのパターンに分けられます。

その病院の常勤の医師なら、怠慢で搬送依頼を断った場合、上級医や院長先生から口うるさく言われるでしょうから、なかなか断りにくいでしょう。

ですが、バイトの医師には口うるさく言う人はいませんし、バイトは「当直」という「時間」に対してバイト代が支払われるため、救急患者を診ようが診まいがバイト代は変わりません。

もしかしたら病院によっては「救急患者1件につき〇〇円」といったインセンティブがバイト代に加えられるかもしれませんが。

もちろん、バイトの医師には、「バリバリとバイトに入り、救急患者を相手にいろいろな症例を診て、自分のスキルアップにつなげよう!」と考える医師もいるでしょうから、バイト=怠慢 というわけではありません。

また、「怠慢」はあくまで搬送依頼を断る理由のなかでもほんのわずかなものであり、どの病院、どの医師も当たり前のように怠慢で救急診療を断っているとうことではないことをご理解ください。

3-2.入院ができない

「入院ができないから救急搬送を断る」というのは、一般の方にはなかなかイメージが湧きにくいかもしれません。

病院のベッドの数は決まっており、全てのベッドが埋まってそれ以上は入院できない状態を「満床」といいます。

※ベッドの単位が「床」です。

入院させることができないのに、入院しそうな患者さんを受け入れては、結局また別の病院に運んで入院してもらわないといけませんので、手間が増えます。

搬送依頼の電話を受け、医師が救急隊から患者さんの症状を聞き取ることで、入院が必要か不要かは大体の予想が立ちます。

そのため、満床なのに入院が必要そうな患者さんの診療は断るのです。

3-3.専門医がいない

救急症例の多い内科や外科、整形外科などの分野での簡単な応急処置程度の対応はどの医師でもできるようですが、小児科や耳鼻咽喉科、産婦人科などの診療科は専門医での診察が必要となります。

ですが、この医師不足の中で、夜間にどれだけの人件費をかけてそれらの専門医を待機させておくことは極めて困難で、ほぼ不可能です。

明らかに件数の少ない診療科の専門医を毎晩配置しておくことはそれだけで当直手当等の人件費が発生します。

そのため、初期救急を対応する若手の医師とそれをサポートする上級医のみの数人での布陣になっていることがほとんどの救急病院の状態でしょう。

専門医でないと対応できない症例は断るほかありまえせん。

患者さんも、専門外で不安そうな医師に診察してもらいたくはないでしょうしね。

3-4.マンパワー不足

救急搬送の依頼を受けたその時、病院はどのような状況だったのでしょうか。

既に救急患者を多数受け入れている状態で、単純に人手が足りない

マンパワー不足

に陥っているがため、それ以上の救急患者を受け入れることができないことは多々あります。

救急車の適正利用をお願いします」と叫ばれるゆえんですね。

119番で救急車を呼ばれた場合、救急隊が病状を判断して「これなら病院にいかなくてもいいよ」ということはできません。

119番で呼ばれた救急隊は、その患者さんを必ず病院に搬送しなければならないのです。

※いたずらなどは除く。

そのため、救急病院には昼夜を問わず、救急車で患者さんがたくさん運ばれてくるのです。

3-5.物資が不足している?

上記の「たらい回し」の定義で、

物資が足りないことを理由に救急搬送を断る

とありますが、この日本においてはあまりないケースだと考えます。

輸血が足りなくなっても赤十字の献血運搬車がすぐ来てくれますし、手術に必要な医療材料も業者の人が持ってきてくれます。

そのため、物資が足りないことを理由に救急搬送を断るということは、なかなか考えにくいです。

※私が勤めていた病院が大阪のため、他県ではそうではないかもしれません。

4.おわりに

メディアの「たらい回し」という表現では、

さも「病院が診療できる余裕があるのに、面倒だからと患者の受け入れを断っている

ともとらえられかねない表現方法になっており、大変憤りを感じます。

3-1の怠慢のケースもありますが、これらはほんのわずかなレアケースです。

病院は医師をはじめとする多くの医療スタッフが、一人でも多くの患者さんを救おうと日々診療にあたってます。

もし、自分や自分の家族が普通でない状態になった時に、

救急車を呼ぶべきか!?

の判断は素人である私たちでは迷うところですし、だからと言って「安易に救急車を呼ぶな!」とも言えません。

ただ、病院にはたくさんの患者さんが押し寄せていて、決して楽しているわけではないということは、頭の片隅に置いておいていただけると幸いです。

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